山口に伝わる民話『厚狭の寝太郎』って知っちょる?

山陽小野田市の厚狭に伝わる 厚狭の寝太郎 という民話を知っていますか?

民話というものは似たような話が全国にいくつかありますが、厚狭の寝太郎の話は土地に根付いた伝承にも近いお話です。

厚狭の寝太郎 のエピソード

厚狭の寝太郎と聞いてもピンとこない方には、「三年寝太郎」といえばなんとなく覚えがあるのではないでしょうか?

とくに興味があるわけではなくても、鶴の恩返し一寸法師などは幼いころに見聞きしているので、内容を覚えていますよね。

市川悦子さんあ常田富士男さんが語りでも有名なアニメのまんが日本昔ばなしで放送されたこともある民話です。

実は「寝太郎」のお話には、似たような話でもいくつかの種類があるのですが…

厚狭に伝わるお話はこうです。

厚狭の寝太郎

あるところに怠け者の男がおりました。

村で一番の大金持ちの庄屋の息子で、三年三月も寝て過ごしていたので村の者からは「寝太郎」と呼ばれ、笑われていました。

そんな寝太郎が、ある日ふと目を覚ますと庄屋の父に千石船を造ってくれと頼みます。
父親は不思議に思いつつも、他ならぬ息子の多のみであるからと千石船を造りました。
そうして船が出来上がると、寝太郎は船いっぱいのわらじ(草履)を買ってくれと頼みました。
わけもわからず庄屋はわらじを買い、用意してやると今度は達者な船子を雇ってくれと言われました。

千石船にいっぱいのわらじを積んで船子をつれて船をこぎ出していった寝太郎は、それからさっぱり音沙汰もなく…

どうしているかと思っていたところ、それから数十日後にボロボロのわらじを船に積んだ寝太郎が戻ってきました。
そうして寝太郎は父親に大きな桶を用意してほしいと頼みます。
人を集め、桶でボロボロのわらじを洗い始めると、なんと汚れた土の中から砂金が見つかりました。

実は、寝太郎が船をこぎ出して向かっていたのは砂金の取れる佐渡島だったのです。

当時、金山といして知られていた佐渡島の土を持ち出すことは禁じられておりました。
寝太郎は、どうすればそれを持ち出せるのだろうかと寝ながら考えていたのです。

佐渡島へと渡った寝太郎はそこで働いている者のわらじを無償で交換し、見事砂金を持ち帰ったのでした。

寝太郎はこの砂金を資金として、湿地帯だった厚狭の千町ヶ原を水田に変え、村おこしを成し遂げたといわれています。

実際に厚狭には、厚狭川がせき止められて水路を構築する事業が行われた様子があります。

しかしそれがいつ、誰の手によって行われたものなのか公的な記録は残っていないのです。

伝承として、厚狭の寝太郎の物語が残されているだけ…

事実に基づいた物語が、今なお伝承・民話として伝わっており厚狭には寝太郎の銅像や神社などが残されています。

寝太郎さんが造ったもの

寝太郎さんが造った」と今も残されているのが厚狭川を堰き止めている大井手

寝太郎堰

昭和の大洪水によって流されてしまい、今はコンクリート造りの固定堰となっていますが寝太郎堰と呼ばれて親しまれています。

その大井手(寝太郎堰)から引き入れられて厚狭の盆地をくまなく流れている水の水路は、寝太郎用水路と呼ばれます。

大井手と共に地域振興や歴史的・文化的な視点を持つものに選ばれる疎水百選にも選定されていて、県内では他にも萩市の藍場川が選定されています。

寝太郎さんのおかげで今の姿がある。

そんな気持ちからか、地元では寝太郎さんに関係する公園や神社などがあり、4月末にはお祭りが開催されます。

円応寺所蔵の寝太郎像が開帳されたりと、大変盛り上がるお祭りになるそうですよ。

民話が信仰としても残っているかのような、不思議なお話です。

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