華やかな恋愛遍歴を持つ女流作家、宇野千代の生家

宇野千代 さんという女流作家のことは知っていますか?

山口県岩国市生まれの女性で、
編集者や着物デザイナー、の家の顔を持つ多才な方でした。

その魅力ゆえか、
彼女は多くの著名人との恋愛遍歴を持っているんです。

そのあまりにも思い切りが良い姿は
いっそ清々しさすら感じるほど!

とっても華やかで、
今でいうと「肉食系女子」だったみたいです。

宇野千代 の生涯

本
出典:https://www.photo-ac.com/

宇野千代は1897年(明治30年)に
山口県玖珂郡、現在の岩国市で生まれました。

実家は酒造業を営む裕福な家だったそうですが、
生業についたことがない父は大の博打好き。

幼いころに母が亡くなり、
父が自分と12歳しか違わない若い娘と再婚したものの、

千代はその再婚相手を実の母と思い、
大変慕っていたそうです。

これが千代の代表作「おはん」のモデルなんだとか。

宇野千代

千代が24歳の時、『時事新報』の懸賞短編小説に送った
『脂粉の顔』が一等当選し、作家としてデビュー。

「文章がこんなにお金になるのか」

と驚き、執筆に専念したといいます。

当選したときの感想がそれとは…

この時すでに、なんとな~く
「したたかな女性なのかな?」という印象が見え隠れしていますよね^^

ちなみにこの時、結婚は2回していました。

一回目の結婚は義母の姉の子である藤村亮一氏と。
10日ほどで実家へ帰ってきたとかなんとか

二回目の結婚は、元夫の弟・藤井忠氏と。
作家デビューしたのはその夫と北海道に住んでいた頃でした。

その後、千代は『墓を暴く』という作品を
中央公論に送ったものの返事がなく上京。

なんとすでに掲載されていたらしく、
千代はその場で原稿料をもらいました。

一度実家に戻り原稿料の一部を母に私た後、
今一度上京して中央公論に立ち寄った際、

紹介された尾崎士郎に一目ぼれし、
そのまま東京で暮らし始めます。

なんと、北海道に旦那を残したまま!

その後も幾人かの著名人と浮世を流します。

それだけ彼女が魅力的で、行動的で、
フットワークの軽い女性だったのでしょう。

晩年になるまで旺盛な活動をつづけた千代は、
1996年に98歳の生涯を閉じました。

宇野千代の生家

宇野千代生家
山口県岩国市、現在錦帯橋が架かっている場所のほど近くに
宇野千代の生家はあります。

千代自身が、朽ちていこうとしていた生家を修復し、
それが現在に至るまで美しい状態で残されているんです。

国の有形登録文化財に指定されています。

新緑の季節は緑が芽吹き、
秋にはおよそ300坪の庭に見事な紅葉が色付く。

季節の移ろいを感じるステキなお庭でした。

私が足を運んだ時は冬も真っただ中だったので、
うつくしい紅葉を見ることはできませんでしたが…

その代わり、紅葉の絨毯の名残をみることができました。

宇野千代生家・庭

枯れた紅葉の葉のすき間から
顔を出す苔の色が鮮やかで美しいです^^

これだけの葉が落ちているのですから、
おそらく秋には一面が赤く燃えるように染まっているんでしょうね~

屋内の展示物の撮影はできませんでしたが、
千代が使っていた文机や読んでいた小説など

宇野千代ファンにはたまらないものが展示されていました。

仏壇には宇野千代さんのお写真も飾ってあり、
優しいまなざしで穏やかに来訪者を迎え入れてくれます。

宇野千代生涯

宇野千代さんの人柄が今でも影響しているのか、
今いらっしゃるスタッフさんもとても気さくで笑顔がステキです

とても落ち着ける空間が広がっているので、
ぜひ一度足を運んでみてください♪

少し歩けば錦帯橋を見ることができますよ~!
300年前に設計されたとは思えない!?木組みの技法で釘を一本も使わずに作られている『錦帯橋
元は保存食で作られた?色鮮やかで華やかな『岩国寿司』

アクセス

宇野千代生家
〒741-0082 山口県岩国市川西2-9-35
 
[TEL]0827-43-1693
[営業時間]10:00~16:00
[休館日]火曜・祝日、お盆、年末年始
[入館料]大人 300円
    小人 100円